あのころも 緑の中

         789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 

夜中ではないはずの時間であり、
曇天どころか屋外は目映いばかりの初夏日和でもあるというに。
一応は頑健な壁に囲われたそこは、
陽を遮ることで人目も避けようとする、
妖しき念のわだかまる闇澑りのような場所。
かつては活気もあったろに、
今はあちこち錆びつき切っての朽ち果てるを待つばかりという、
某企業の下請けだった廃工場の、作業場らしき空間の成れの果て。
製品か作業かに直射日光での影響が出ぬようにだろう、
小さめに刳られた窓の外には、
雑草に縁取られた乾いた空き地が、白く晒されて広がっており。
そちらに比すれば闇夜も同然、
だがだが何とか目が慣れて来れば、
置き去られた製造機器の黒々した影のあちこち、
何やら誰かが駆け回り、丁々発止と叩き合っているのが見て取れる。

 「……。」

自分の動作の切れが起こす旋風で、
軽やかなくせのある金の髪がはためくように躍る。
しゃにむに突き出され、振り回される長棒や、
当人には自慢のそれなのだろう暴漢らの拳の数々を。
足場なぞない空中を、なのに泳ぐようにして、
ところによっては、
降りかかる木刀の峰に足をかけての、反動つけての蹴り返し。
よくもまあ失速せぬと呆れるほどの延々と、
右へ左へ、上へ下へ、しなやかな肢体が躱し続ける鮮やかさ。

 「こんのっ!」
 「何で捕まらねぇっ!」

その軽やかな跳躍はまるで、
工場ならではの高い高い天井から
目に見えない空中ブランコが幾つも吊り下がっているのを、
危なげなく次々と捌いているかのようで。
上ばかりを見やって追いかける側の顔触れが、
それでなくとも足元暗がりなものだから、
お仲間同士でぶつかり合っては、
無様にこけつまろびつするばかりでもあって。
それを見下ろし、
舞いのような華麗さで、だというのに容赦なく、
広いフロアに所狭しと集まっていた、
荒くたい輩共を余裕で翻弄し続ける存在の、
何とも小気味のよいことか。

 「………。」

お顔の半分、すっと通った鼻梁の先や口元を、
スムースジャージか、なめらかそうで薄手ながら、
しっかとした生地のスカーフで覆った少女。
うなじで結んだ余りをその動作の冴えの余風になびかせつつ、
随分と高い宙空にて、その痩躯を舞うよにくるりと躍らせると、
着地地点にいた輩を軽々と薙ぎ払う。
忍びの得物のクナイのように、
双腕の各々の先、小ぶりな手に握った、
短めだが強靭な特殊警棒を、
腕を開いての左右へ払い振るってのことで。
それは手慣れた一閃は、要領も得てのこと、
切り裂くための刃面なぞ持たぬというに、
しかもしかも少女の手になる攻撃だというに、
十分な威力を発揮しておいで。
間髪置かずに立ち上がった姿はやはり、
風にさえ手折られそうな一輪の花を思わすほど、
ずんと華奢で可憐な少女だというに。
その周囲には、十を越すだろ荒くれ共が、
天を仰いで倒れ伏しているばかり。
そうかと思えば、

 「哈っ!」

別の一角では、
ようようしなうがこちらも強靭なポールの得物、
行く手を阻むものを容赦なく打ちすえての薙ぎ払っているのが、
これまた可憐な少女の手による仕業であったりし。
やはり色白な額にすべらかな頬をした、
こちらも瑞々しい年頃の少女であるらしく。
指先を剥き出しにしたドラーバー用のグローブを装備した手も
ずんと小ぶりであるにもかかわらず、
その身の丈ほどもあろう、長い得物の操りようの絶妙なこと。
開いた腕の差し渡しの範疇内にて、隙なく左右に打ち振られ、
相手からは髪の先にさえ触れもさせずに血路を切り開き。
そうかと思えば、
長柄の尋の手元側、即妙に小わきへ引き込むことで、
ぐんと相手の懐ろ深くまで入り込んでは、
こちらも刃は潰した峰先、真上へぶん回しての蹴り上げる格好で、
大男の顎先を、瞬発よく強かに殴りつけ、

 「ぐあっ!」

ボクシングで言えばアッパーカット。
しかも強靭なそれを繰り出しちゃあ、
屈強な男衆らを翻弄し続ける巧みさであり。
間合いの中へと近寄ることさえ不可能な鋭い棹さばきは、
よほどの修行による、槍術を修めた末のそれだろか。
これほど尋の長い得物を捌きつつ、
なのに四方八方への目配りにも卒がなく。
それが証拠に、向背から駆け寄る気配に気がつくと、

 「…っ。」

切っ先の側と逆、手元の小尻を地へついて、
そのまま柄を引き寄せがてらに しゅるんとしごき、
柄の柔軟強靭さを生かし、
高跳びよろしく その身を宙へと舞わせる軽やかさ。
難無く離れたところへ飛び降りると、
引き寄せた長柄を左右の手へ渡し合いつつ、
その身の前で後ろで、
やはりやはり舞いを思わす華麗な所作、大きな輪を描いてのぶん回し。
肩に背中に掛かるつややかな金の髪、きらきらと躍る様はまるで、
何かの罰のため降臨したもうた、天からの使者でも見るかのよう。

 “そんな神々しい方々が、
  スキューバダイビングでもしましょうかという
  ぴったりした型のトップスに、
  膝上丈の長パンと膝下丈のスパッツとを重ね着て。
  膝や肘や拳、関節やあちこちに
  補強用のバンテージやサポータを巻き付けたなんていう勇ましい恰好、
  果たしてなさるもんでしょうかねぇ。”

そのような凛々しい武装をまといし
二人の少女らの乱闘を、遥か下方の足元へと見降ろす格好になる天井部の足場。
工場にありがちな、剥き出しの鉄骨のキャットウォークもどきに腰掛けて、
やはり同じような 武装を思わすいで立ちのまま
お膝に開いたPCを前に、
両手のお指を組み合わせて揉みほぐす少女がもう一人。
暗視カメラ搭載か、
インカムつきの仰々しいゴーグルを装着しているものの、
それを支えるベルトから
はみ出しての撥ねている髪は、明るくつややかだったし。
ふふふんと微笑む口元も柔軟そうで、
何かしら楽しい悪戯、構えているだけに見えるのだけれども。

 「さぁて、行きますか。」

持参したプロクラムへの微調整作業も完了し、
この場にある あらゆるシステムへの侵入もコンプリート済み。
おっかないコントローラーと化したキーボードへと、
ピアノの演奏のような手並みにて、
次々に連綿と指令コードを打ち込めば。
あちこちのスプリンクラーが決まった範囲にばかり、
しかも結構な熱湯をば降りそそぎ、

 「どわっ!」
 「熱ちちちっっ!」

そうかと思えば、
重機クレーンの代わりなのだろ鋼鉄製の重い鉤が、
それをぶら下げている鎖ごと、天井に這わされたレールを自在に奔走し。

 「ななな、何で動いてんだ、あれ。」
 「電源盤はこっちで押さえてんじゃねぇのかよっ。」
 「知らねぇよっ!」

当たればただでは済まなさそうな、
凶悪な振り子と化して、輩たちを追い回す。

 「どけやっ、そこっ。」
 「んなこと言っても、どわっ、来たっ!」
 「こっちが先だっ。った・痛たたたっっ!」

特殊警棒による連続殴打か、
遠心力つきの槍での一閃で薙ぎ払われるか。
はたまた、
宙を滑空してくる鋼鉄の鉤爪にガツンと殴られてしまうか。
どれにしたって昏倒必死の威力がある代物と来て、
三方から追われての集まる恰好になってしまった荒くれさんたちが、
二進も三進も行かなくなってのこと、
もはやただの鉄の塊となっている機材に身を寄せ、
やりたくもない“押しくらまんじゅう”を仕掛かっておれば、

 「はい、そこまで。」

パンパンという小気味のいい拍手つきの、切れのいいお声が掛かって、
どっちが優勢だったか明白な少女らが、それぞれの得物を引くと手を止める。
さながら、定期考査のタイムアップを告げられて、
答案用紙から手を離す所作にも似ていたが、

 「えらく早く来ましたね。」

さすがに汗がにじんで来たか、
きれいな手の甲で細い顎先やら頬を擦りつつ、
訊いたのが白百合さんならば、

 「この人たちを梱包してからお知らせしよって思ってたのに。」

言われりゃアクションだってこなせますよということか、
手を通す装置を取り付け、
ワイヤーをするするするっと滑り降りて来たひなげしさんが、
そんなご意見を述べたれば、

 「……。(頷、頷)」

一番飛んだり跳ねたりしていた割に
一番けろりとしている紅ばらさんもまた うんうんと頷いており。
それで縛ろうという手筈だったか、
雑誌や新聞なんぞを束ねる、堅いめの編み上げテープのロールを、
傍らのこれも何かの製造機械らしい大型機器の上に用意していたの、
とんとんと叩いて見せたれど、

 「こんな危ないこと、一刻も早くって駆けつけないでどうするよ。」

少々目元を据わらせてしまったのが、
彼女らにはもはやお馴染みの
警視庁勤務の巡査長さん、佐伯さんこと征樹殿。

 「林田さん、俺のPCにハッキング仕掛けたでしょう。」
 「え"?」

ぎくうっと肩を震わせた所を見ると事実なようで、
しかもバレはしなかろと高をくくっていたらしかったが、

 「この連中が、
  ここからブツを持ち出す予定だったことを突き止めてて、
  我々の捜査がどこまで進行しているかを覗いたね?」

 「…強盗ならともかく、窃盗事件じゃあ、
  佐伯さんは管轄が違うじゃないですか。」

 「こないだ応援に来てもらったお返し、
  今度は我々が二課へ肩入れしていてのこと、
  組織潜入って格好で内偵中だったのも知ってて言うかなぁ、それ。」

 「うう…。」

まだ捜査令状を取るまでの地盤固めには至っておらず、
だがだが、こやつらは今日明日にも
此処から移送コンテナのある港へ、盗品を移す算段だった。

 “そもそも、
  何でまたまだ表沙汰になってない事件を
  この子らが知り得たのかからして意外だったけど。”

お髭の警部補曰く、

 『どの子も、
  富豪や好事家に知り合いがいるよな階層家庭の子だぞ?』
 『…あ、そうでしたね。』

日頃の気安さや、彼らの間にだけ共通のとある事情があるものだから、
そういう格差をついつい忘れる。
だがだが、彼女らには独特の情報源があるらしく、

 『…ったく。
  どうやら、知り合いの秘蔵品が紛れているらしゅうてな。』

警察は“公正を帰すために”と、
令状だの証拠だの、何かと手順が要るのがもどかしい。(おいおい)
目の前にあると判っているのに、
しかも、正当合法な手続きがあって奪られた訳じゃないのにね。
こっちからも、力ずく 若しくは巧妙に、
奪い返せないものかしらんとでも思ったに違いない、と。
こめかみを指先で押さえつつ、
こうなったら仮処分の申請出してでもいいからブツを差し押さえるぞと。
その筋の上の人への融通を利かすべく、
令状と執行との時差を埋める欠番でもないかを浚うため、
関係各位の書類の束を覗きに運んだ勘兵衛に代わって、
とりあえず現場へ飛んで来た彼だったということならしくって。

 「た、助けてくれや、刑事さん。」

語気も粗くて恐持てのおじさんとか、狂犬のような屈強で若いのよりも、
そりゃあ可憐な風貌をしていながら、
だってのにすこぶるつきに手ごわい手練れだったのへ。
勝手が判らぬまま翻弄され、
混乱をもたらしたお嬢さんたちがお相手したのは誰あろう、

 「何なんだよ、このお嬢ちゃんたちはよ。」
 「盗品を見られちゃあしょうがねぇって、
  まとめて引っ括るつもりが逆にこのざま。」
 「何でこんな乱暴な子たちを捕まえとかねぇかな、警察はよ。」

 「てぇい、泣き言を言うんじゃないっ

そも、おまえらに苦情を言われる筋合いじゃねぇわいと、
そちらへははっきりと叱言飛ばせる征樹殿。
これで間に合わなくて怪我でもさせていたらば、
顔を合わせられなくなる、おっかないお方がたがどれほどいることかと、
そっちの案じを何とか払拭出来た反動か、
連れて来ていた担当部署の刑事さんがたへ
“入って入って、容疑者の身柄確保して”という指示を出しつつ、
ややこしいいで立ちのお嬢さんたちを、
作業場の奥向きの通用口へと追いやる佐伯刑事だったりし。
そちらには、
関係各位への口裏合わせを何とか終えたところの勘兵衛が待ち受けており、
白百合さんがどひゃああと飛び上がるお約束がご披露されるのだけれども。

 いやまったく、
 どの辺が、上流階級の淑々としたお嬢様たちなんだかねと、
 途轍もない行動力へあらためて舌を巻いた、
 征樹殿だったそうでございます。









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  *夏至の晩にややこしいものを始めました。
   と言っても、
   最初にこういう場面をもって来たくらいで、
   怪しい企み話じゃありません。
   こないだのひなげしさんのといい、
   そういうネタ続きだったんで、当分は…ねぇ?(苦笑)
   入院中にごしょごしょ書いてたメモネタをご披露致したく、
   その枕に何か…と思いつつ、投稿動画の中のMAD、
   某活劇あぬめのアクションシーン総集編につい燃えてしまい、
   お嬢さんたちに代理で暴れてほしくなっただけでございます。(こらこら)


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